北九州にある多くの山々について、詳しく丁寧に解説するサイト『北九州の山々』

●●●門司区●●●

【戸ノ上山】

戸ノ上山はとのうえさんと読み、名前の由来は山裾の大里の漁民が海中で見つけた光る玉に
あるといわれています。
光る玉を海中から引き揚げて浜の松の根元に置いておいたところ神のお告げがあったので、
枝折戸(しおりど)と呼ばれる、庭の出入り口などに設けられている折った木の枝や竹など
を使った簡単な開き戸の上にその玉を載せ、山頂に祀ったことから戸ノ上山と呼ばれるよう
になったといわれています。
山頂には戸ノ上神社の上宮があり、この山は山伏修行の行場となっていました。
地質は古生代の弱い変成岩が主体となっており、山頂は老杉に覆われています。

【古城山】

古城山は全山が原生林に覆われている標高175.2mの山です。
都を追われた平知盛が源氏との一戦に備えて築城したと伝えられている門司城の跡があり、
門司関山城、亀城とも呼ばれています。
何度も城主が代わりましたが約400年間続き、藩主細川忠興の元和元年、一国一城の令に
よって破却されました。
関門海峡を望む山頂には記念碑と歌碑が設置されています。

【風師山】

この山の名前の由来には、いろいろな説があります。
ひとつは、山頂の岩場の形が山桜のカンザシに似ていたので「かざしのやま」と呼ぶように
なったといい説があります。
またこの山では鷹や鳶が多く見られたことから「風を司る神の山」と信仰の対象となって、
「かざがしら」と呼ぶようになったともいわれています。
その他、仲哀天皇が神功皇后と共に筑紫に向かわれたとき、その航行の目標として山頂で
焚き火が燃やし風を祈ったことから「かさがしら(風頭)」ともいわれています。
地質は珪岩を主体とした変成岩の弱い古生層と、中生代白亜紀の関門層群からなっています。
延長約21kmに及ぶ企救自然歩道の最初の山です。

【矢筈山】

この山の名前の由来は、山の形が弓矢の矢筈(矢の末端で弓の弦を受ける部分)に似ている
ことから矢筈山(やはずやま)呼ばれるようになったといわれています。
企救自然歩道の戸上山と風師山に挟まれた山です。
山頂には明治時代に築かれた砲台と壕が残っており、その一部は現在も林間キャンプ場として
使用されています。
地質は、主に中生代白亜紀の関門層群からなっています。